村瀬の井戸端会議!blog

上智大学在学中22歳の雑記ブログです。閲覧ありがとうございます!

いち上智大学生が大学受験に思うこと

 

どうも!筆者の村瀬です。

 

今日明日で大学入試に用いられる共通テストが日本各地で行われているそうです。

私もちょうど4年前に受けましたね~

 

私の年は英語のリスニングがやたらと難しくて試験中絶望した記憶があります^^;

全力で勉強してきたなら、自分が難しいと感じたところは周りもできてないはずだ!と気持ちを強く持って最後まで頑張ってほしいものです💪

運ゲー、メンタルゲーの側面は大きいですからね。

 

もう大学も卒業という折ですが、だからこそ当時を振り返りつつ今の大学受験の形について思うことを書いていきたいと思います。

 

まず当時の勉強を思い返すと「よくやってたな~」と尊敬の念すら感じてしまいます。

私は地域の進学校という感じの高校に通っていて、部活を引退した3年次の6月くらいから受験勉強に本腰を入れていきました。そのころに塾にも入りました。

 

勉強時間を記録するアプリもフル稼働。塾の教材を学校でひけらかしたり口を開けば大手塾の内輪ネタしか話さない連中を寒い目で見ていた私は、学校の先生にも協力してもらいながら地に足付けた勉強をしていました。

 

国立文系大学志望だったので7教科900点満点のフルコースをセンター試験では受けました。結局センターは得点率88%くらいだったか、国立には落ちました^^;

運よく上智大学に合格でき今に至るということです。

 

振り返った時に思うのは「あの頃はよう頑張ってたな」というのと、同時に「あれは何だったんだろう」ということです。

 

あのころ勉強したことの3割も頭に残っていないという知識面での「何だったんだろう」ももちろんありますが、

あれは本当に自分の意思に沿った努力だったのか」ということも感じてしまうのです。

 

進学校だったこともあり先生たちも受験に対して最大限バックアップしてくれました。

進路先の9割以上が大学進学というくらい高校3年の時は大学受験モードでした。

月に1回くらい模試振り返りの年次集会が開かれ、

「去年より偏差値平均が低い!」「この教科の平均点はいい感じだ!」

など勉強モチベを高める発信が絶えず行われていたのを覚えています。

 

同じような立ち位置の進学校であれば似た境遇で3年次を過ごしたんじゃないかと思います。

 

もちろん今の日本はなんだかんだ言って学歴社会だし、みんなの目指すような大学に行くための支援をしてくれたことにはとても感謝しています。

しかし、大学進学のためのここまでの「努力」が本当に必要だったのかについては疑問を持ってしまいます。

 

私は高校卒業後も塾でのアルバイトで大学受験の内情を近くで見ていました。

高校生の時から何かの夢や目標を持って特定の大学や学部を目指していた子もいましたが、

一方で「MARCH」や「日東駒専」という大学群の中で、学部を問わず片っ端から受けていく姿もやはり多く見ました。

 

私自身も高校時代に夢なんてなかったし「今の高校生は~」なんてことを言おうとは露ほども思っておらず、むしろこれは受験業界・大学業界全体の問題だと思います。

 

昨年私は就活を経験し、(自分を含めてですが)多くの学生が自分の行きたい業界はどこなのか・やりたいことは何なのかの選択に苦労している姿を見てきました。

そうした学生が行き着くのは何かというと大企業(やその子会社)であり、就職偏差値の高い企業たちなのです。

 

就活に関してこれという正解を出すことは誰にもできませんが、高学歴の学生たちが就職にあたっても社会的評価におびえるさまを見てしまうと、

これは大学受験で経験した偏差値教育の弊害と言わざるを得ない気がしてしまうのです。

 

就活においては企業の説明会に参加し自分のやりたいこととその企業で出来ることがマッチしているのかを吟味します。

対して大学受験にはそういった機会が十分にあるでしょうか。

 

高校や塾での進路面談を身を持って体験し後輩たちのものも傍で見ていた経験からすると、一度も赴いたことのない大学・HPすらも見たことのない大学に出願するケースも多いようです。(多くは滑り止め)

 

大学としてそれは負けではないでしょうか。いや受験料が入るという意味では勝ちなんでしょうが、他大学との差別化点・大学の特色で選ばれているわけではないというのは負けだと思うのです。

そしてそんなあやふやな価値のものに死ぬほどの努力を受験生たちにさせるのはどうなんだろう、とも。

 

これからの社会は高度経済成長期ではないのでソルジャーではなく、個性を持って新しいことに挑戦できる人材を育てるべき段階にあると私は思います。

 

もしそうした人材を作ろうとするのであれば、

大学へ行く目的があいまいなまま、受験業界が作ったレールの上を高校生をひたすら走らせる今のやり方は真逆の効果を生みだしそうだと懸念しています。

 

偏差値というのは競争に促しやすく受験業界としても便利な指標なんでしょうが、願わくば撤廃してほしいと思っています。

それよりも高校生が好きなものに全力で打ち込み、それによって「落ちこぼれ」などという評価をされず、大学・専門・就職を問わず自由な進路選択ができる環境が整うべきです。

 

高校側は視野を広げて生徒たちに情報を伝え、大学進学実績だけでなく進路指導の定性的な満足度をアピールしていく。

大学側もあくまで学ぶことのできる内容・教育の質・学習支援に関する発信を強化して「選ばれる大学」になる。

これでは大量生産大量消費ができなくなった受験塾業界だけ一人負けしますが、そうなればまた新しい市場が生まれるので問題ないでしょう。

 

共通テスト当日に受験戦争へ水を差すような記事を書いてしまいましたが、これは現役大学生が感じる将来への危惧の表れです。

市場と利権が大きすぎるがあまり、大きな変化は難しいのかもしれませんが産業が変わるには教育が変わらないといけないということで、今の状況に疑問を持つ人が増えてほしいという想い。。

 

なんにせよ今のルールの中で全力で戦っている受験生の方々は称賛に値します。

自分の持っている力すべてを出して、後悔のない春を迎えてください!

 

では。

最後までお読みいただきありがとうございました。☆や読者になるをぜひお願いいたします<(_ _)>